「いつから保育園に行っていいですか?」
「保育園に行っていいかどうかの判断をしてほしくて受診しました」
こうしたやり取りは、小児科外来では本当によくあります。特に冬から年度末にかけては、感染症が続き、保護者の方が悩みやすい時期でもあります。
ただ、この話題については、
いくつかの異なる考え方が混ざったまま語られていることが少なくありません。
その結果、「誰が正しいのか」「何がルールなのか」が分かりにくくなってしまいます。
今回は小児科医の立場から、よくある誤解を一つずつ整理してみたいと思います。
誤解その1 「感染症は登校(登園)できない期間が決まっている」
まず多いのが、この誤解です。確かに一部の感染症では、
「発症後○日」「解熱後○日」といった明確な目安が示されています。
たとえば、
- インフルエンザ
発症後5日を経過し、かつ解熱後2日(幼児は3日)を経過するまで - おたふくかぜ
耳下腺(ほっぺた)の腫れが出てから5日を経過し、全身状態が良好になるまで - 水ぼうそう
すべての発疹が痂皮(かさぶた)になるまで
これらは学校保健安全法という法律に基づいて定められています。
このため、「感染症にはすべて厳密な日数ルールがある」と思われがちですが、これは正確ではありません。
いわゆる一般的な風邪、
「発熱や咳はあったが、特定の診断名がつかなかった場合」
については、法律で定められた休み期間はありません。
この点が混同されていることが、混乱の大きな原因です。
誤解その2 「医師の許可がないと登校(登園)できない」
次に多いのが、この誤解です。
学校保健安全法では、
「予防すべき感染症にかかっている児童生徒等について、学校長が出席停止を行うことができる」
と定められています。
つまり、
法律を実際に運用する権限を持っているのは学校(園)の長であり、
医師が出席停止を命じる立場にあるわけではありません。
もちろん、「いつから登校(登園)していいですか?」と質問されたときに、
「それは私の仕事ではありません」などと突き放すことはありません。気になることはなんでも聞いてもらってOKです。医学的な観点から、一般的な目安や注意点について、丁寧に説明します。なかには園や自治体の運用として「登園許可証」や「治癒証明書」の提出を求められることもあります。
ですが、医師の判断が絶対的な許可証として必要というわけではないという点は、ぜひ知っておいてください。
誤解その3 「感染しなくなるまでは登校(登園)できない」
そしてこれが最大の誤解かもしれません。
裏を返すと、
「登校(登園)できる=もう感染しない」
と考えてしまいがちですが、これも正確ではありません。
たとえばインフルエンザでは、
「発症後5日、かつ解熱後2日」が目安とされています。
しかし、6日目から感染リスクが完全にゼロになるわけではありません。
そもそも、「まったく感染の可能性がなくなる瞬間」を正確に判断することは、ほとんど不可能です。仮に「あらゆる感染症で、ウイルス排出が完全になくなるまで登園不可」とすると、現実的には大きな問題が生じます。
風邪ウイルスの中には、症状が落ち着いた後も、3〜4週間ウイルスが検出されるものもあります。
その間ずっと休むとなると、子どもの学ぶ機会が大きく制限されるだけでなく、保護者の社会生活にも大きな影響が出ます。
特に乳幼児期は、風邪をひく頻度自体が多い時期です。多い子では、ほぼ毎月のように体調を崩します。もしそのたびに「完全に感染しなくなるまで登園不可」とすると、1年間のうちほとんど登園できない子が出てしまう可能性すらあります。
このバランスを考えた結果として、
感染力がある程度低下し、集団生活として許容できる状態
になった段階で登園可能とする、という考え方が採られています。
「明日から行かせていいですか?」が医師にとっても難しい理由
誤解を恐れず正直に言うと、「明日から保育園に行かせていいですか?」という質問は、医師にとっても少し答えにくい質問でもあります。
というのも、「感染リスクを完全にゼロにする」という前提に立つなら、長きにわたってお休みするしかないからです。しかし、それでは子どもにとっても、保護者にとっても、現実的とは言えません。
そのため、「ある程度感染のリスクは下がってきた」というタイミングで登園可能と判断するしかない、というのが実際のところです。
学校保健安全法で定められていない一般的な風邪の場合、現実的な目安としては、
- 丸1日以上、発熱がない
- 症状が改善傾向にある
- 食事や睡眠がある程度しっかり取れている
といった点が参考になります。
登校(登園)OKは「感染ゼロ」の保証ではない
ここで大切なのは、登校(登園)可能という判断が、
「誰にも感染させないことを保証する」
という意味ではない、という点です。
あくまで「社会として受け入れ可能なリスクの範囲に入った」という合意点にすぎません。
この前提を共有しておかないと、
「まだ少し咳が出ているのに行かせていいのか」
「本当に大丈夫なのか」
と、不安が増えてしまいます。
では、医師はこの判断のために何を見ているのでしょうか。診察の際、私たちは
・発熱が続いていないか
・全身状態は回復しているか
・食事や水分が取れているか
・咳や下痢が集団生活の妨げにならないか
といった点を確認しています。
これらを踏まえて、
「医学的に見て、今はこの程度の状態です」
「一般的には、これくらいが一つの目安です」
と説明します。
その情報をもとに、最終的に登校(登園)するかどうかを決めるのは、保護者と学校(園)です。「明日から行かせていいですか?」という質問が難しいのは、実はここに理由があります。
医学的な目安はお伝えできますが、
・園の受け入れ状況
・クラス内の流行状況
・子ども本人の体力
・クラスメイトやその保護者の関係性
・保護者の仕事の状況
まで含めた判断は、診察室の中だけでは完結しないからです。
だからこそ、医師の意見、学校や園の方針、家庭の状況をすり合わせながら、
「今はどうするのが一番現実的か」
を一緒に考えていくことが大切なのだと思います。
このテーマは、どうしても白黒つけたくなりがちです。
ですが、感染症と集団生活の問題は、本来とてもグレーな領域です。
「誰かが間違っている」
「どこかがルール違反をしている」
という話ではなく、それぞれの立場で、リスクと現実のバランスを取っていると考えてもらえると、少し見え方が変わるかもしれません。
この記事が、保護者の方にとっても、学校・園や医療機関にとっても、無用なすれ違いを減らすきっかけになれば幸いです。


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